ガヴォット第1番ホ長調第3楽章”B-mollの地下酒場”

第3楽章は遠調の変ロ短調で語る60年史 桃李もの言はねば、誰とともにか昔を語らん。

社会淘汰

ところで全く話は変わるんですが アンテナに次のような文章が上がってました

■日本の教育は嫌! 04:25
そんなことを感じ、学校なんか行きたくない。勉強なんかしたくない。と思って、
高校を辞めた若者の就職先とかまとめたっぽいのを見た。何か辛そう。
俺には持って2年〜4年だな。その間に辞めるか、別の職業に転職しようと絶対思ってるはず。
自由と放置と好き勝手この3つを僕は混同してる人のほとんどは、高校を辞めるんじゃないかなって・・・
色々考えてみたんだけど、俺高校のとき放置ってあんまされてなかったな。
どこかしら相手にしてもらえてたし、
友人にしろ、教師にしろ誰かに「HELP」とシグナルを出してたからなんだろうか。
あと、好き勝手はしてたけどさすがに自由の線を越えなかったことかな。
それは完全に担任のおかげだと今更になって気付いてる。
でも、恩返しはしないつもりです。したらいけないと思うのね。
教師って職業はそれを思ってもらえるのが本望で、
あんまり表現はしないほうが良いなって卒業のときに感じてました。
今は僕の中ではこれに「優しさと根性とルールと独立」が入った気がしてます。
優しさ=常にゆとりを持て!
根性=倒れても一歩は踏み出せ!
ルール=ペナルティのリスクは甘くない!
独立=助けがどれだけ大きな存在かを感じろ!
の4つが増えてまだまだ甘いな俺・・・
って自己分析が少しづつできる様になっただけでも自分には+な方向なんだと思います。
一日って単位なのか分からないけど、
どこかしら成長してる部分に気付けると少し人生に慣れてきたんだと思います。
自分は気分の浮き沈みが激しいことと、すぐに調子に乗りやすいので、あんまり転覆しないよう努力します。
さ、来週から後期がんばろーかね。

ところが行ってみるとこの文章はどこにもなかった

生物学で 自然淘汰 って言葉があるけど
ニンゲンの社会では 社会淘汰 ってのがあるんじゃないかな
その一部を担っているのが学校なわけで
国家にしろ地域社会にしろ企業にしろ そういった集団は
はみ出し者を事前に排除しておくことを望むわけで
学校は教育機関で人を育てるところ と認識しているととんでもなおことになるかも